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まどか☆マギカの叛逆の物語感想(ネタバレ)

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きょうこが、画面の中で動いている。それだけで嬉しい

ファンと言うのはそういうもので、映画の半分くらいはこの感情のみでいけます。変身シーンや、バトルアクションシーンも見どころ満載で、マミさんの「いくわよみんな」の掛け声で他の4人が「はいっ」と返事をするなど、前作では見られない姿に嬉しくなる。単純に、皆が生き生きと動いているのを見られるだけで嬉しい。一つ一つの表現も、良い意味で気が狂っていて美しい。きょうこが戦いの最中ウィダーを飲んでる姿が有るのもいい。

美しいものは、狂っても美しい

もしも絶望している本人が、映画ジョーカーの主人公なら皆恐ろしがるだろう。
「思い通りにならない現実(セカイ)に対し、こんなセカイなくなっちゃえば良いのに」という感情が、映画序盤に2連続で出て来る。一つ先生で、一つはひとみ。こういう、絶望のあまりセカイそのものを否定する発想を「ジョーカーの絶望」と呼んで居る。もしくは、漫画ワンピースの中で、しらほしという絶世の美女につきまとう男がいる。その男(バンダーデッケン)のセリフで「俺の物にならないなら、死んでくれ」というのが有り、ギャグも含まれての設定だが、これらに共通するのは、絵ずらが汚い。こんな感じ

漫画 ワンピース

それが、童顔の美少女キャラの絶望となると表現がまったく違う。

本来は人間の絶望というのは綺麗で無い場合が多いし、本作の魔女のように気高くおどろおどろしくもない。場末のスナックでタバコを吸いながら酒を浴びるように飲み、おっさんかおばさんが、昔はこんなんじゃなかった・・・とぼやく。


つまり絶望と言うのは昔から手垢まみれになった人間臭い感情なはずなんだと思う。カイジでも描かれているし、ウシジマくんでも描かれている。しかし完全脱臭して現代アート風に描くとこうなる、というのがまどか☆マギカの本質だと捉えている。


例えばまみさんの部屋では、誰一人腹の足しになりそうなご飯を食べていない
ハーブティーやケーキを食べる。少女たちを妖精とかそういう存在に近づけて描いている
人間の絶望を描くと絵面が汚くなるから、妖精の絶望を描いている
美しいものは狂っても美しい現象と呼んでみる。

ほむらの絶望は重すぎて共感できない

「どうして?(私はいつの間に)魔女になってしまったの?」
途中で自分が魔女になったことを思い出し
これを問うほむらの心は相当まいったはずだ。
なぜなら、ほむらの唯一の救いは、魔女にならなくて済むことだった(最後は変わりますが)
しかもその救いは、最愛の人が自らの存在と引き換えに用意したものだ。

例えば、フィアンセが死ぬ間際に置いて行ってくれた大金が消えるとか?(ゲス)
例えば、極寒の地で母親が死ぬ間際に編んでくれたマフラーが風邪で飛ばされるとか?
ろくな例えが思いつきませんが、とかく、大事な救いが消えたのだ
その時の彼女の悲しみははかり知れない。

ちなみに当たり前だけど全ての黒幕のキューベーですら魔女を知らない
半分魔女化したほむらを見て、「ほうほう、これが魔女」とばかりにキューベーはフムフムしている
そのあたりの、キューベーが急に状況を解説しだすあたりのシーンは
むしろキューベーの視点で見ている自分が居た。
ほむらというのは絶望に至るまでの質量が多すぎて、本人の感情を想像することが出来ない。多分、その方が良いのだろう、規格外の美少女が規格外の絶望で苦しんでいるため、本来手垢のついた絶望というジャンルが限りなく美しく見えるという話。


また、その後ほむらが、
「その理屈は変よ。外部と遮断されているならこの結果位に誰かが迷い込むことだって無かったはずでしょ?」
と絶望していると思えない理知的なセリフを放つ
やっぱり、まどかが本物かどうか?という点ばかりを考えるから、この発言が最初に出てくるのではないかと思う。その問いかけに答える形で、キューベーが「それは僕たちが調整しているのさ」と返事をする。
そのセリフが、10人くらいでハモッてその一言を放つので、最高に気持ちが悪い。
この瞬間などで、キューベーという存在も、どうしても感情移入出来ない存在だと悟る

まどかさえ居れば何も要らない

最後に、ほむらは自分の箱庭に皆を招き入れる。

先ほどまで「絶望で狂っていても美しい」という存在だったほむらが、「絶望のすえ悪魔となっても美しい」存在となる。

まどかが自分の本来の役割を思い出しかけるシーンが有るが、ほむらは必死にそれを止める。
例えるなら、大学で仲の良い麻雀友達が、急に夢を持って就職活動の準備を始めたら、寂しくなって引き留めるとか、ずっと独身仲間だった友達がいよいよ結婚相手を探し始めたら、寂しくなって引き留めるとか。そういうものじゃないだろうか。まどかは嫌でも自分の役割ならば勤めを果たすと知っているので、気づく前に止める作戦に出ている。

まどかが成長し、自分の役割を再認識したとき、せっかく作った箱庭は壊れるのだろう。そう匂わせて終わっている。例えばこれが、「おじさんが少女を拉致監禁して、世間の知識を与えずに成長させまいとする話」なら誰も共感しないのだけど、やはりそれは妖精のやり取りだから許されるのだろう。

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